过往展览及展讯

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suma 個展「Stand By Me」

sumaの作品は、いくつものイメージと情報がレイヤーとして複雑に重なりながら構成されている。薄く削ったベニヤ板の上にシルクスクリーンで新聞やチラシを印刷し、その上にポップな動物のモチーフを描いていく遊び心たっぷりの作風は、絵を描くことが大好きだっという幼少期、祖母とともに新聞にクレヨンでお絵描き遊びをしていた記憶とつながっているという。新聞やチラシというものは、分かりやすい日常のメタファーだ。地域の小さな出来事から社会の重大事件まで、日々の有象無象の情報が印刷されているいわば人間が生きる痕跡だ。にもかかわらず、何気ない日常が往々にしてそうであるように、とくに大切にされることもなく日々消費されていく。じっくり読まれることさえないまま。ポップにデフォルメされた動物や文字の表現は、海外アニメーションやグラフィティーなどsuma自身が親しんできたものとリンクしているという。強いメッセージを大々的に謳うより、身近にあるものや世の中の流れを切り取って、大衆にとって親しみやすいものとして提示することで何かを感じ取ってもらいたいという姿勢の表れだ。新聞やチラシの内容と描かれている動物には、よくよく見るとつながるところがあり、社会に対する皮肉やメッセージが仕込まれている。しかし、sumaは作品をよく見て考察することを強要しない。何気なく作品を見たときの「ポップで可愛い動物の絵」という印象もまた作品の持っている要素であり、無意識に人々が共有している動物の姿として真実であるからだ。彼が大切にしているチャップリンの言葉に「人生は近くで見ると悲劇だが、遠くから見れば喜劇である」という一節がある。動物や人間の本質も同じで、遠くから見れば可愛く楽しく素敵に見えるが、近づいてみるとグロテスクな一面が見えてくる。近くで見るか遠くで見るかは、鑑賞者自身に委ねられている。©︎kutsuna miwa(こちらは以前執筆していただいたものです)

2022-11-05-2022-11-26

ART021 SHANGHAI contemporary art fair

この度Contemporary Tokyoより、ART021 SHANGHAI contemporary art fair 2022出展のご案内を申し上げます。「ART021 SHANGHAI contemporary art fair 2022」は、2013年より開催されている上海で最も影響力のあるアートフェアの一つです。Contemporary Tokyoが出展するのは Booth E1-18です。出品作家:Aaaaaaaa / アー、Ayairo、わだちず、itabamoe、川上喜朗、タカハシマホ、紺野真弓、中居ベル、NICK SMITH、NOMISS、RYOL、Shigematsu Nantoka、suma、たまごたけ/Tamagotake、土田匠実、黄望福、渡邉城大、笹田靖人、ZoeART021 SHANGHAI contemporary art fair 2022 概要公式サイト:https://www.art021.org/【開催日時】上海展覧センター※招待者のみ:2022年11月10日(木)14:00~20:00         2022年11月11日(金) 13:00~20:00  一般公開: 2022年11月12日(土)11:00~18:00        2022年11月13日(日)11:00~18:00

2022-11-10-2022-11-13

TARTAROS JAPAN 個展『浮世絵紙幣2022』

はじめに TARTAROS JAPAN(T)社会の中にある強大な 人間エネルギー「通貨=紙幣」。人類は交換の歴史と共に繁栄した。 繁栄の過程で様々な文明や歴史を紡いできた。人間が地球上に作り出した、仮想世界=人工世界。 その世界を動かすエネルギーとなっているのが 「紙幣」だ。今回の展示 TARTAROS JAPAN『浮世絵紙幣 2022』では 葛飾北斎の浮世絵をサンプリングした絵画が並ぶ。荒波や富士山、背景の一部が紙幣の断片で構成されている。それは自然を私物化し、MONEYを生み出してきた私たちの営みを示唆するような光景である。作品に使われている箔の色。これらは金・銀・銅という日々目にする硬貨の色を彷彿させる。葛飾北斎が描いた景色、T が描いた景色は 似ているようで明らかに違う。Tは北斎の浮き世絵図を伝承し紙幣をメディウムに現代美術表現を行っている。これらの作品は Automatic Painting という手法で作られている。簡潔に説明するならば、無意識や身体の動きという今この瞬間、ランダムに決定されるモノゴトを取入れた手法である。T はこの手法を使い、紙幣の断片をランダムに掴み画面に貼り付けていく。Tは Automatic Painting を採用する理由として「アウトラインは引けても中身は選べないため」と述べている。作品を観ると確かにアウトラインの中にAutomatic Painting の手法が使われている。つまり、概要を想像することは出来ても中身は選べないモノゴトの構造をTは表現しているのだ。さらに、T の表現を支えているのは日常生活の中で体得した「瞑想」で ある。T の言う瞑想とは目をつむり意識を他の並行世界へ移す、T 自身の体験である。この体験をもとに T は並行世界という概念を感覚として手に入れた。T は「自身の作品はマルセル・デュシャンが考案したレディ・メイドの手法ではない」と述べる。この理由も並行世界という概念を 持つ者ならでは発想である。T はデュシャンを経由せずに現代で作品を作っていた。というのは、T 自身がアートを始めたのが40代であり、かつ、デュシャンとの接触がなかった。そして T はある日デュシャンの存在を知るのである。T はその時デュシャンを経由しない方の道を選んだ。その発想を可能にしたのが瞑想から手に入れた並行世界という概念である。T がデュシャンを避けた理由として感覚の欠落が挙げられる。T は「デュシャンの作品は知的だが、感覚的な部分が欠落している」と述べる。T が述べる感覚とは視覚による刺激「色、形、質感」など「意味」の部分でない要素のことだ。T が行っているのはデュシャンの 仕掛けたアートゲーム以前から出発することでありまた、伝承や精神を重要視する活動である。今回の展示では北斎の浮世絵図を継承した T が私たちに新しい景色をみせてくれることだろう。

2022-10-08-2022-10-29